ーOOO-「ありがとう」と手を振って … 猪苗代湖ハーフマラソン2012
つい先日開催された、第2回猪苗代湖ハーフマラソン。
その第1回目は、昨年の10月に開催されました。
このハーフマラソン大会は福島の震災復興を願って開催されたもので、ワタシはこの第1回目に参加していました。
昨年の第1回大会のときは、前日に郡山に宿を取ったのですが。
あの日の夜の暗さには、ワタシの心も暗くなりました。
郡山の街は一見キレイだったのですが、駅を出て1分も歩けば「半壊指定 立入禁止」といった張り紙のある建物がそこかしこにありました。無事な建物も、その多くはシャッターが下りていました。夜の8時だというのに、居酒屋の呼び込みのおにいちゃん一人いるわけでない。
というか、街を行き交う人が、車が、少なかったのです。
街は、ただただシーンとしていて、暗かった。
ワタシは「せっかく郡山に来たのだから、ちょっと散歩してそこらを見物でも…」と思っていたのですが、その夜はホテルに直行して、ちいさなベットに大の字になって、とにかく寝ることに決めたのでした。
その翌日。
第1回猪苗代湖ハーフマラソンで、ワタシは思い切り走ってきました。
コースの途中には、誰が用意したのか巨大なスピーカーがあって、猪苗代湖ズの「I love you & I need you ふくしま」が流れていました。
ワタシは必死で走っていたけれど、決してスピードが速いわけではありません。そんなワタシの耳に、くりかえしくりかえし、その歌の歌詞はしみこんできたのでした。
猪苗代の街も、あちこちに震災の爪痕は残っていたけれど。
でもコースになった農道には、思いがけないほどたくさんの見物客がいて、沿道の人たちにワタシは「がんばれー!」と励まされ続けました。
しかし、こうして走っているワタシなんかより、応援してくれている地元のみなさんのほうが震災でアレコレ大変なわけだから、ワタシが応援されるのは、どうもこそばゆい気がしたのです。
そこで、応援してくれたおじいちゃんおばあちゃんたちに、ワタシは「いろいろ大変でしょうけど、みなさんも頑張ってください」と言ったのです。
するとなぜだか、おじいちゃんおばあちゃんの顔が、みるみる曇っていきました。
あれっ? おかしいな?
そう思いながら、また別なところでも、ワタシを応援してくれた人に「みなさん、頑張ってください」と言いました。
やはり、応援してくれた人の顔はみるみる曇っていきました。
それはまるで、魔法が解けて、急に現実に引き戻されたような感じ。
…あ。
…オレ、よけいなこと言った。
言わなきゃ良かった。
気がついて、恥ずかしくなった。
そう思いながらコースを走っていたら、もう一度巨大なスピーカーが近づいてきて、あの曲がまた聞こえてきたのです。
I love you baby ふくしま
I need you baby ふくしま
I want you baby ふくしま 僕らはふくしまが好き
さっきこの歌が聴こえてきたときとは違い、おじいちゃんたちの顔が想い出されます。みんなの楽しそうな顔が、我に返った瞬間を。
震災復興で福島を励ますためにマラソンしに来ました、だなんて。そんなことで、何がどうなるって言うんだろう? 自分はいったい、何様のつもりだろう?
でも、悪気はなかったんだ。
◆
そういうわけで、今回の猪苗代湖ハーフマラソンは2回目になります。
- 猪苗代湖ハーフマラソン(公式HP)
一年ぶりに降り立った郡山の夜は、とても明るくなっていました。
行き交う人も車も多くなっていました。
それが震災以前と同じ風景、同じ賑わいなのか、私にはわかりません。まだまだシャッターを下ろしている店は多かったけれど、それは「地方都市ならではのシャッター通り問題」なのかもしれないなと思わせる程度に、街は賑わいを取り戻していました。
半壊指定の建物は姿を消し、あるものは新しげな建物になっていて、新しい仕事を始めようとする者あり、これを機に立て替えてピカピカの店で新装開店する者あり、街にはなにか新しい風が吹いているようだった。
地元の人に言わせれば「まだまだだよ」という話になるのかもしれないけれど、ワタシの目には郡山の街が活気づいているように見えました。
なんだかうれしくて、知り合いが一人もいない郡山の街中で、とにかく誰かに「よかったね」といいたくて仕方がなかった。
翌日の早朝に宿を出て、郡山駅へ。
猪苗代は、郡山よりも内陸の方にある。
早朝の冷たい風を切ってゴトゴトと電車は走る。車窓の風景を眺めれば、遠くの山々は紅葉がはじまっていた。いろいろあった福島県だけど、その風景は美しくって、その美しさがなんだか悲しくって、目頭がツーンとなった。
ふと電車の中を見回したが、マラソンに行くような人の姿が見当たらない。…ひょっとしてこの電車の中で、マラソン大会に参加するのは自分くらいなんだろうか? 心細くなる。
そこで、気が付いた。ドア際に立っているスラッとした若者の足を見たら、ぴかぴかのランニングシューズを履いていた。
ぐるっと見回してみると、みんなみんな足下はランニングシューズだ。
あの学生さんも、あの女の子も、あのおじさんも!
マラソン大会という一つの目的のために、見知らぬ多くの人たちが集まってくる。名前も知らないけれど、この電車にのっている人たちは、みんな仲間だ。そう思うと、なぜだか胸が熱くなる。この胸の高鳴りは、さまざまに形を変えながら、ゴールするまで続くのでした。
ふと気が付くと、遠くの山の向こうがだんだん暗くなってきました。
この日の天気予報は、曇りときどき雨、昼すぎから晴れ。
猪苗代についたときには、怪しげな曇り空。
ステージでは朝早くから高校生さんたち?のバンドが演奏していて、スタート前の会場を盛り上げていましたが、
「せんせぇ、風で楽譜が飛んじゃうんですけど…」とか言ってます。
冷たくて強い風が吹きあれていて、レース中に雨が降ってきたらどうしよう?と、ワタシは少し不安になったのでした。
ところで、去年この大会に参加したときのワタシと、今年のワタシは少し違います。
ひとつは、靴を買い換えたこと。
じっくり選んだ靴は、皇居を10キロ試走した時のフィット感も上々で、ワタシの足の指を守ってくれることでしょう。
もうひとつは、GPSスポーツ時計の”WristableGPS”を使っていることです。
走っている最中に、現在時刻のみならず、現在までの走行距離、現在の時速、そして心拍数や標高までも表示してくれる強い味方です。残り時間や残りの走行距離を考えながら、ペースを保ちながら自信を持ってレースを運ぶことが可能になるでしょう。
コレをエプソン販売さんのイベントに参加して一ヶ月お借りして使ってみたのですが、なかなか具合が良くて気に入ったので、返却後に自腹でamazonで買ってしまったのです。
ワタシの目標は、時速8キロ。これはおそらく自分に無理のないペースであり、かつ目標ゴールタイムは自己最高の2時間半を目指すことコトが可能になるのです。おお、よくばり!
スタート、5分前!
だんだん人が集まってきて、なんだかお祭り気分も盛り上がってきます。
ところでマラソン大会というのは、申し込みの時点で自己ベストタイムのアンケートがあります。このタイムにそって、スタート地点が決まります。
速い人は、もちろんスタートラインそばに。
かなり遅めのタイムを申告していた自分は、スタートラインよりも遙か後ろの、最後尾付近からスタートを切ることになります。
スタートの直前はとにかくドキドキします。こころは不安と緊張で押しつぶされそうだけど、ワクワク感やうれしさも入り交じっていて、とても複雑なきもちです。
空は曇り、空気は冷たく、風は強く。
身体はすっかり冷たくなってしまいました。
走り出せば苦しい事ばかりだし、走り終えればひどい筋肉痛が待っている。
バカみたいなことをやろうとしている。
ゴールよりも、スタート前のこのドキドキした時間のほうが好きかもしれない。
そして。
”パーン!”
スタート!
どどどどどっと、みんな走り出していく。
どんどん周りのランナーに追い抜かれていくワタシ。
あれっ?と思ってWristableGPSを見たら、自分は今、時速9キロで走っているハズ。なのに、どんどん追い抜かれていく。
気が付くと、スタートから3分後には自分はビリになっていて、自分の後ろには白バイがいるだけ、という事態に陥ったのでした。
もうこの瞬間、すっかり全てがイヤになって、開始早々リタイアしたくなってしまいました。
しかし何度確認しても、現在の時速は9キロ。このペースなら、自己ベストを出せるはず。
とにかくWristableGPSの表示する時速を信じ、クサらずに、自分のペースを崩さずに走り続けることにしたのでした。
ところで、第1回目の猪苗代湖ハーフマラソンは、主に田んぼの間の農道を走るコースだったのですが。
第2回目の今回はコースが大幅変更になっていて、国道の片側を通行止めにするという大がかりな大会になっていました。
幹線道路の左側ばかり走っていたんだけれど、これってランナーにとってけっこう負担なのです。
道路というものは、降雨時の水はけのために、中央部がかまぼこ状にふくらんだ形になっています。
だから、道路の左側ばかり走っていると、左足は地面に遠く、右足は地面に近い状態になるのです。このアンバランスが積み重なると、足に痛みが発生してしまいます。
わたしは足を痛めないように、なるべく道路のセンターラインよりの平らな部分を走るようにしていたけれど、道路の左端ばかり走っていた人は大変だったんではないでしょうか。
今回も、ほんとうにたくさんの人たちに応援してもらいながら走りました。
「頑張って」と応援してもらったら、わたしは今回「ありがとう」と大きく手を振りました。
最初のウチは、ちいさく手首を振って「ありがとう」って言ってたけれど。
それよりは、肩からおおきく手を上げて、左右にぶんぶん手を振って大きな声でありがとうと叫んだほうがいいみたい。
肩胛骨周りや背中のストレッチになるし、なんといっても気持ちが良い。
応援してくれたみなさんに、大きな声と動きで「ありがとう」と手を振ると、言われた人たちもうれしくなるみたいで、もういちど「頑張って!」と大きく手を振りかえしてくれました。
国道上のマラソンコースの反対車線は渋滞して、大変なことになっていました。車線規制のために渋滞していたというのもあるだろうけど、マラソンの見物渋滞もすごかったです。
地元の人たちだけでなく、車の中からたくさんの人たちにも応援してもらいました。
バイクの人たちの中でも、ハーレー乗りの人たちは人なつっこくって、たくさん手を振ってもらいました。ハーレーの人たちって、革ジャンとかで見た目はおっかない感じなのに、ハートはあったかくて、なんだか親近感が湧く人たちなのでした。
空はいよいよ暗くなり、風は相変わらず吹きあれていたのですが、全力で走っているワタシの身体は熱くなり、ちょうどいいくらいでした。
誰かを「がんばって」と応援するのは気持ちがよいものです。
そして、応援した人が頑張ってくれるのも、うれしい。
だけど応援された側の気持ちになってみると、自分が精一杯でこれ以上頑張れないとき、「頑張って」という言葉は重荷になってしまいます。
大丈夫、たかがマラソン、今の自分は、まだまだ頑張れる。
ワタシみたいなマラソン初心者の場合、「ペースを落として体力を温存しよう」とか考えるよりも、「自分の身体の中で無理に力んでいる部分はないか?」を探す方が良いみたいでした。
身体の中の力んでいる部分を探して、上手に緊張をゆるめてやる。
たいていの場合、頑張るつもりが、ムダなチカラが入ってしまって、逆にブレーキになっているだけだ。頑張らなくていい。とにかく、ムダなチカラを使わないように。
りきみがなくなると、身体が軽くなる。やがて歩幅が伸びてくる。らくに、疲れることなく、スピードが上がっていく。結果的にゴールタイムは短くなり、カラダの負担はすくなくなるはずだ。
ひじの降り方を変えたり、肩胛骨の動きに気を配ったり。
ときどきWristableGPSをのぞき込む。
時速が下がっていれば、今の動きはブレーキだ。
時速が上がっていれば、ラッキーだ。
マラソンというと足の筋肉にばかり気になるだろうけど、首の前後とか、指の形とか、いろんなとこを気にしなくては。全身の筋肉を総動員して、脳みそを振り絞って、自分の身体をなんとかゴールまで届けてやるのだ。
レース開始後、30分くらいしたら、だんだん他のみんなのスピードが落ちてきました。
WristableGPSを見ながらキープペースで走っていた自分は、まだまだ苦しくありません。身体には楽なペースで走り続けているのに、ひたすらランナーを抜きながら走りつづけることができて、とても気持ちが良かったです。
最初はビリだけど、中盤以降はゴボウ抜きで走る! 自分にこんな走り方が出来るとは! こんな世界があったとは!
この爽快感、ちょっとクセになりそうです。
この日はなにしろ風が強くて、向かい風はまるで壁のようでした。かといって、逆方向に走るときは追い風に乗ってラクが出来たか? というと、そうでもなかったです。難しいモノです。
そろそろどこかから、猪苗代湖ズの「I love you & I need you ふくしま」が流れてくるんじゃないかなぁ、あの曲を聴いて元気をもらったり、ちょっとしんみりしたりしたいなぁ…と思っていたのですが、今年はそういうのはありませんでした。
10キロほど走ったあたりで、恐れていた雨がぽつり、ぽつりと。
折り返し点を過ぎる頃には、さらに雨がつよくなってきて、大あわて。
ワタシは雨具の準備をしていなかったので、ここはとりあえず耐えるしかありません。
すっかり雨にやられてビショビショです。だけど身体は汗でぐっしょり濡れていたので、もう気にしないことにしました。
風がいよいよ強くなり、横殴りの雨になってきます。
胸につけたゼッケンが、風にあおられてバタバタと音を立て、風にふくらんだシャツが身体にまとわりついて暴れ出します。
と。
ばりっ!
胸のゼッケンが雨に濡れ、風にあおられ、ピン留めしていた部分が破れたのだ。
ゼッケンが吹き飛ばされては一大事。
あわててコース脇によけて立ち止まり、ゼッケンにピンを刺し直しました。
急に立ち止まって細かい作業をするハメになったので、なかなかうまく刺さらない。あわててしまって、なんだか目が回る。うまくピンを通して「やっとゼッケンを直した」と思ったときには、立ち止まっているだけなのに胸がバクバクして息が荒くなってきた。
ヤバイヤバイ、急に立ち止まったから、カラダがびっくりしている。
止まったままではまずい。
あわてて、でもゆっくりと歩き始めた。
おちつけ、おちつけ。
心拍数と呼吸のリズムが落ちつくまで。
そのとき沿道から「がんばって!」と声がした。
小学生くらいの女の子が、こちらを応援してくれたのだ。
「ありがとう」と、大きく手を振りかえす。
なんだかカラダにチカラがみなぎってきた。
大丈夫、先は長いけれど、じぶんはまだまだ頑張れる。
ゆっくりと、ワタシはまた、走り始めた。
ふと、ポケットにウィダーインゼリーが入っているのを思い出した。
体力が落ちて限界が来る前に、エネルギーを補給して、なんとかゴールにたどり着きたい。いざというときに飲もうと思って、ポケットにねじ込んでおいたのでした。
ピンチが来てから補給したのでは、遅い。
チャンスは、今だ。
ワタシは、ウィダーインを一度に飲み込みたい気持ちを抑えて、まず一絞りだけ、クチのなかに絞り込みました。
ほんのちょっぴりのウィダーインゼリーは、ゆっくりとノドを抜け、胃にたどり着きます。
その感覚は、気のせいだったのかもしれないけれど、あのときには確かに感じられたのです。
じわっ、と胃が温まる感じ。
ややあって、背骨のあたりが暖かくなってきたような気がしました。
ああ、オレは今、必死で走っている。
遊びとか思いつきとか言うにはハードすぎる、バカなチャレンジをしている。
カラダのすべての筋肉を。
心臓を。
肺を。
そして、走るのに関係ないはずの胃袋でさえも、いまこうして必死に食べ物を消化して 一刻も速くエネルギーをオレの身体のすみずみに届けるために、全力で頑張っているのだ。
全身のすべてを振り絞って、オレは今、走っている。
道行く人が次々に、「がんばってー」と声をかけてくれる。
ひとりで走っているけれど、ひとりぼっちじゃない。
ありがとう。
ありがとう。
ただ、「ありがとう」と手を振りながら、走る。
レースがすべて終わって。
その帰り道のこと。
猪苗代駅で帰りの電車を待っていたら、駅のホームに、不意に聞き覚えのある曲が流れてきました。
I love you baby 浜通り
I need you baby 中通り
I want you baby 会津地方 ふくしまが好き
それは、猪苗代ズの「I love you & I need you ふくしま」でした。
レースの最中には聞けなかったけれど、猪苗代を発つ前にこの曲を聴けて、良かった。
I love you baby ふくしま
I need you baby ふくしま
I want you baby ふくしま 僕らはふくしまが好き
来年も、またくるよ。
そう思いながら、猪苗代を後にしたワタクシだったのでした。