ーOOO-鋼の錬金術師 vs 業務用ドラム式洗濯機
それは雨の降り続いた4月のある日のこと。
実家には乾燥機がなかった。
たまりにたまった洗濯物の山をかかえ、実家の兄はコインランドリーへと向かう。
そこには巨大なガス式乾燥機があり、巨大な業務用ドラム式洗濯機があった。
部屋干しに失敗して洗濯物をにおわせるよりも、うっかり天日干しをしてゴワゴワになるよりも、ガス式乾燥機でふっくらふんわり仕上がった方が肌触りが良い。ちょっとくらいお金がかかったっていいじゃないか。兄はそう思った。
手提げ袋の中に入った洗濯物をドラムの中にブチまけて、ガッチリと扉にロックをかけ、コインを入れる。
ごうんごうんごうん、ドラムは左右に動き始める。
兄は洗濯機の窓から、洗濯物の洗われる様子を、巨大な業務用ドラム式洗濯機の仕事ぶりを観察した。
少ない水の量で、ドラムの動きは思ったよりも小さい。洗濯物は左右に揺すぶられ、回転することはない。
全体が攪拌され、泡が洗濯物に染みわたったのを確認すると、兄は満足した。
さて、これから小一時間ばかり待たなければならない。
退屈しのぎに持ってきた、買ったばかりの「鋼の錬金術師」の最新刊でも読もうかな…。
と、ここで兄は青くなる。
あ、ハガレン、洗濯機の中にぶち込んじゃった!?
家で手提げ袋の中に洗濯物をつめこんで、その上にハガレンの単行本を載せて持ってきたはずだった。しかし手提げ袋の中はカラッポ。車の中を確認してみたけど、そこにも無かった。
兄は洗濯機の窓から、巨大な業務用ドラム式洗濯機の仕事ぶりを観察し、絶望した。扉はガッチリとロックされ、洗濯終了まで取り出すことは不可能だ。
第一、今さら本を取りだしても意味はないだろう。
あーあ、ハガレン、買ったばっかなのにな…。
洗濯物にも被害が出るかな…。紙くずが絡まった状態だったりして。ソレ、悲惨だな…。
そして1時間後。
脱水まで済ませ、洗濯終了。
おそるおそる扉を開けてみる。
どんどん洗濯物をとりだしてみる。
ぐしゃぐしゃになった本を探してみたが、見つからない。
と…。
洗濯機の中からは、こんなモノが出てきたのだった。
表紙のビニールと、背表紙のノリの部分。
背表紙のノリの部分と、それにくっついてる部分を残し、単行本はあとかたもなく溶け消え去っていた。
表紙の裏紙が完全に溶け、ビニールの向こう側が透けて見えるようなキレイな状態になっていた。
こうなっちゃうと「溶けた紙が洗濯物にくっついているのではないか?」というのが心配になるだろう。
しかし実際には、洗濯物には紙くず一つ付着していなかったということだ。洗濯のときのゴミは、完全に分離され、除去されていたのだ。
全てのモノは等価交換。
兄は、かけがえのない鋼の錬金術師の単行本を失うと同時に、業務用ドラム式洗濯機の恐るべき洗浄能力…、その実力を見せつけられる結果となったのだった。
そして兄は、洗濯の帰り道にハガレンの単行本を買いなおした。