ーOOO-おお友よ、そのような曲でなく

 いつも愉快な弊社のいつもワタシが仕事をする主たるポジションは、あんこを練る工場だ。ワタシはいつもデカい釜でごんごんとあんこを煮炊きしている。
 もー、この工場ったら夏場は高温多湿で不快不快。
 では冬場は? というと、湯気のせいで、まず多湿。で、寒さゆえに湯気で工場の中が真っ白になる。直径1メートルほどのバカデカ換気扇を5台、ごうごうとブン回しているのだけれどそれでも足らず、換気のために窓は全開。したがって、低温多湿というのが正解になる。サイテーだぞ、低温多湿。着ているモノが湿っぽくなって、ふきっさらしの冷たい風が吹くのだ。
 5台の換気扇がごうごうとうなりを上げ、ぐらぐらと釜はゆだっているので工場の中は非常にうるさい。騒音部分だって労働環境として劣悪。ひどい。
 で、こーいううるさい場所でひとりで仕事をしているワタシの最近の楽しみは、歌を口ずさむことなのである。
 カラオケとかは苦手なんだけど、なんか以前、第九を歌うチャンスがあったので。そのとき、きっちりとした発声法などを教わったりした。
 クソうるさい工場でひとり仕事をしながら、そっと「ふろいで〜」とか口ずさんだりすると、工場の壁はタイル張りだから風呂場のように良く響く。んで歌いながらあれこれ歌を歌うときの注意を思い出しながら、ああでもないこうでもない、って感じで歌っていると結構楽しい。時間があっという間に過ぎていく。
 なあに、うるさい工場だから誰ひとり聞いてるわけじゃなし。そんなことを思いながら、時々歌を歌いながら仕事をしていた。あ、いつもじゃないッスよ。
 んで、今日。
 夕方、帰る前。釜の火も落ち、換気扇も消してある。しーんとした工場には誰もいない。
 ひとりで仕事をしていて、なんとなく歌を口ずさんだ。と、自分でもびっくりするくらい良い感じに音が響く。
 おお、なんか楽しい。どーせ誰もいないし、ちょっと歌っちゃう?
♪おー、ふろーーおおおおぃんでー、にーひでぃーぜてーねー
「がらっ」
 やばっ! 誰か入ってきた! だだだ誰ッ?
 と、見れば後輩くんだった。
 見つめ合う二人。
 沈黙。
「いやー、なんか、そう、一人で歌ってるところに入ってこられると、恥ずかしいッスよね」
と、後輩くん。うん、そーだね。
 沈黙。
 …そうだ、この際いちど聞いておくけどさ、えーと、オレがいままであんこの工場で歌ってたのって、…ひょっとして隣の和菓子の工場に聞こえちゃったり、してた? …ねぇ?
「いやー、別に。っていうか、時々聞こえたり、聞こえなかったりって感じでー」
 …あー、ってことは、オレも別に毎日毎回仕事をしながら歌を歌っているワケじゃないんで、歌ってるときは毎回聞こえちゃってたって考えた方が、良いのかな?
 沈黙。
 …沈黙。