ーOOO-ヒビの泡

 ワタシの友人は、プロのボウリング技師だった。
 あ、もちろんストライクだガーターだっていうアレじゃなくって、地面に穴を掘る方な。


 電力会社の高圧線の鉄塔を建てるような場合、いちおうその場所をボウリングして、地層に問題がないかどうかを確認するらしいんですな。
 そこで、ボウリング技師の出番。
 友人が派遣されるのはたいてい人里離れた山奥で。宿から最寄りのコンビニまでクルマで1時間かかったりする。現場へは宿からクルマで1時間、さらにそこから歩いて2時間、みたいな感じの途方もない山奥。
 だから一度現場に入っちゃうと、宿に帰ることもままならなかったりするのだった。


 んでゴンゴンゴンとボウリング。
 歯のついたパイプを回転させながら地面に差していく。そして掘りあげると、掘った部分の地層がそのままサンプルとして採取されるワケだ。
 で、地面に空洞があると、その部分のサンプルは採れない。当然だな。
「困るよ!」一緒に来てる電力会社社員に怒られる。
「空洞があるはずがないんだから! アンタらの腕が悪いんだろ!」とか不条理なことを言われる。
 そこで、サンプルの捏造が行なわれる。
 スキマの部分を埋めるように、上下の地層から類推して、ソレっぽい石とか土とかを埋める。
 友人は言う。
「だからさあ、なんか『オレの仕事に意味なんかないんじゃないの?』って感じでやり甲斐がないんだよねぇ。あと捏造の手伝いをやらされるから、後ろめたいんだよねぇ」


 また別の話。
 ある時、大学の教授がやってきて、
「このサンプルは間違っている!」とか言われる。
「こうこうこういうワケだから、ココの部分の地層がこういう風になってるなんて、あり得ない!」
 ハア?
 いや、理屈の上ではそうなのかも知んないけど、ウチはキチッと地面を掘ってサンプルを出しただけだから。
「いいや、おかしい!」
 ラチがあかない。
 後日。
 その先生は、ソコの地層に関する論文を出した。
「従来の学説を覆す大発見!」なのだそうだ。
 発見者は、その教授。
 実際に穴を掘った友人の名前はおろか、友人の勤めている会社の名前すら論文には載っちゃあいないのだった。


 んで友人は数年その仕事を続けたのだが、体力的に持たなくて、その仕事を辞めていて。
 それから10年くらいたったある日、嫁さんとふたりでドライブしたとき、たまたま以前自分が作業した現場の近くを通りかかったんだそうな。
 近く、と言っても目の前まで行ったわけではなくて。
 遠くの遠くの山並みに、白く光る高圧鉄塔が、ぽつん、ぽつんと立っている。その鉄塔の間に、ほそい絹糸のように電線が通っている。
 仕事の思い出がよみがえる。
 穴を掘って、埋める。それだけ。
 形の残らない仕事。
 あの場所にたどり着くのに、どれだけ苦労したか。
 思い出すのは苦しい思い出ばかり。
 だけど、あの時自分がしたことは、無駄じゃなかった。
 ちゃんとあの場に鉄塔は建って、日々電気を送り続けている。
 みんなの役に立つ仕事をしたじゃないか。
 自分の仕事が高圧鉄塔という形になって実を結んでいたことに、友人は思わず涙した、と言う。