ーOOO-あるバレンタインの風景

 バレンタインっぽい話ではないけれど、ふと思い出したことがあったので書いてみる。


 会社でいつも聞いてたラジオ番組に、女子アナウンサーがレポーターとして街角に繰り出すコーナーがあった。
 去年か一昨年のバレンタインのこと。たまたまウチの近くに中継がやってくるコトになって、その前日の告知では
 「バレンタイン当日にお越しの方には、ワタシからチョコを差し上げます!」
と言っていた。
 その日はたまたまワタシは会社が休みだった。
 えー、チョコ、もらいに行っちゃう? どうしよう? 行っても仕方無くね?
 とか思いながらも、思い切って家を出て、電車に揺られているうちに現場に着いてしまっていたので我ながらビックリした。「うわ、オレ、ホントに来ちゃったよ! バカじゃないの?」とか自分にツッコミを入れたりして、自分の意志で来たのに自分の意志では無いような、フワフワした不思議な気分になった。
 会場にはかなりたくさんの人が来ていて、番組のディレクターさんは
「雨でお足元の悪い中、100名以上の方にお越しいただいてありがとうございます。雨の平日にこれだけたくさんの方にお越しいただいたのは、当コーナー始まって以来です。本当にありがとうございます」と頭を下げていた。
 生放送と言っても、そんなに大げさな仕掛けがあるわけではなかった。
 生放送のスタジオと中継を結ぶ…といっても、会場の後ろにAMラジオをドンと置いて、ボリュームを大きくして流しているだけ。至ってシンプル。
 ラジオの中継カーといっても見た目は普通のワンボックスカーだったし。ラジオだから当然カメラも照明もあるわけでなく、番組のスタッフと言えばディレクターさんと音声さんと女子アナさんの3人ぽっち。マイク一本で生放送が始まろうとしていた。
 そして、コーナー開始。会場に来ていたお客さんに「どちらからいらっしゃったんですか?」などとマイクを向けながら、ラジオっぽいアットホームさというか「近さ」を感じさせつつコーナーは進行。
 で、これはイントロクイズのコーナーなので、最後にクイズが出題された。
 イントロが流れた瞬間、
「はーい!」
と一番大きな声で手を挙げたヒト…は、差されなかった。
 女子アナのヒトは、目の前のおじいちゃんにマイクを向けたのだった。
 そして、その「一番大きな声で手を挙げたヒト」の声に、ワタシは聞き覚えがあった。
 それは、毎日そのコーナーで真っ先に手を挙げる「いつものヒト」の声だった。
 毎日聞いていたから、「スタッフのヒトの声かなぁ」と何となく思っていたんだけど、スタッフじゃない。その人は熱心な追っかけだったらしい。
 はー。ラジオといえど、女子アナさんには熱心な追っかけが付くんだなぁ、と思った。


 それ以来、そのコーナーのイントロクイズの瞬間の「はーい!」を聞くと、「ああ、また『いつもの人』は今日も行ってるのか…」とわかるようになった。
 次の日も、その次の日も、ずっと。
 熱心さと、それが報われない感じと、気持ち悪さと、怖さを感じた。


 今はそのコーナーも番組も終わってしまったけれど、あの『いつものヒト』は、どうしているんだろうか。
 気にはなるけど、今どうしているかを本気で知りたいワケでもないのだった。