ーOOO-「燕号爆弾」

 あの悲惨な世界大戦末期、某国は恐るべき新型爆弾を投入した。
 それは小型の筒に翼を付けたような形で、エンジンやロケット噴射などを持たず、グライダーのように落下した。ひとたび爆撃機から投下されれば、それは急降下爆撃のみならず水平爆撃でも驚くべき精度で目標を捕らえ、確実に破壊した。
 動力を持たないグライダーが、なぜかくも正確に目標を破壊し続けるのか?
 我々はその爆弾を「燕」と呼び、そして恐れた。
 投下を阻止するために、幾度となく我が国の迎撃機は出撃した。だが敵の爆撃機は我々の姿をとらえると、躊躇せずに「燕」を全弾投下した。小型ですばしっこい「燕」は四散して、一般市民を巻き添えにしながら我が国土を焼き尽くした。


 「燕」が捕獲されたのは、全くの偶然だった。
 落下する「燕」を迎撃機が捉えた。翼を打ち抜かれた「燕」は制御を失ってバランスを崩し、目標に到達することなく湖に着水。爆発することなくほぼ完全な状態で我が軍に回収された。
 正確に目標を破壊する爆弾の正体を知り、我々は驚愕する。
 「燕」の正体は、少女が操作するグライダーであった。
 大戦末期で逼迫していた某国は、兵となるべき若い男性を相当数消耗していた。もはや兵を育てる時間も余裕もなくなり、手っ取り早く少女たちを「兵器」として用いるという悪魔のような作戦を企てた。
 少女は、簡素な木製のグライダーを操縦して目標に向かっていくことだけを、大人たちから教わった。
「『より高いところから落下すれば、夢のような天国が待っている』って、そう教わったんです。軍人さんも、先生も、父も母もみなそういいました。だから友達もみんな高いところから飛んでいって、みんなみんな天国にいきました」


 このままでは多くの少女たちが人間爆弾になってしまう。
 この悪魔のような所行を一刻も早く食い止めるために、爆撃機の発進基地をつきとめ、我々は急襲した。発進する前の爆撃機を叩き、少女たちを助けようとしたのだ。
 だが、ある者は毒を飲み、ある者は爆弾で、「燕」たちは次々と自決していった。おそらくはそれさえも教育だったのだ。


 あの悲惨な世界大戦は終わったのは、その2ヶ月後のことだった。
 もはや「燕」たちは自由になった、はずだった。
 しかし幼い頃の刷り込みは、彼女たちの人格形成に大きな影響を与えた。
 平和であることにも、自由であることにも、恋をすることにさえ喜びを覚えない。
 ただ「高いところから落下すること」、それだけが最高の幸福で、天国へ行くためのただ一つの道である、そう信じて「燕」たちは生きてきた。
 そして「燕」たちは次々に飛び降り自殺をした。


 最初に保護された「燕」は、ただひとりの生き残りとなった。
 某国の悲惨な戦争行為の証人として、彼女に証言してもらわなければ困る。だがいつ何時自殺を図るかしれなかったので、彼女は厳重な監視下に置かれることとなった。
 それでも「燕」は目を盗んで、自殺を図った。
 何度目かの飛び降り自殺を阻止したとき、彼女はこう言った。
「あなたたちは、私を幸せにしたい、私を自由にさせてあげたいと何度も言います。でも、高いところから飛び降りて死ぬのが私の夢なんです。天国でみんなが私を待っているんです。なのにあなたたちはなぜ、私の自由を奪うのですか」
 その問いに、あのときの自分は上手く答えることができなかった。


 自分が彼女の監視役の任務を解かれてから、もう何十年も経った。
 いまでも彼女は生きているという。窓もない部屋で厳重に監視されながら。