ーOOO-はじめての深夜バス

 京都への一人旅ということで、ワタシはうまれてはじめて深夜バスに乗ってみることにした。
 予算の都合もあるが、勝手気ままな一人ぶらり旅、こんなチャンスでもなければ自分は深夜バスに乗ることはないだろう、と思えた。
 始発の東京駅で乗り込んだ。
 わりかし車内は空いていた。
 すでにカーテンはおろされ、車内から外の様子はうかがいすることが出来なかった。
 ワタシが選んだのは3列独立シートというタイプ。ギチギチではなく、隣のお客さんと身体が触れあうようなこともなく、シートの間には通路が開いているのだ。
 実際に座ったのは車両のど真ん中で、通路の中央部だった。左右に通路が開いていて余計なものとは触れあわないが、なんとなく落ち着かない。
 椅子のあちこちのスイッチやらレバーやらを動かしたら、背もたれが倒れ、足下にはオットマンが出てきた。おお、思ってたより快適だなぁ。
 と思ってたら新宿駅着。いろんなお客さんがドッと乗りこんできて、車内は一気にカオスへ。ワタシの前の席に座っていた人が、シートをいきなり思いっきりガーッと倒してくる。
 うう、…狭い。


 まあ、狭いって言うのは覚悟していた。
 でもワタシの場合は、軽自動車で父と運転をかわりばんこしながら、東京から青森まで片道12時間の旅をすることだって、良くあるのだ。あの狭さ、眠れなさを思えばどうだろう。
 深夜バスは寝てるだけでいいのだ。楽ちん楽ちん♪
 狭いって言ったって、軽自動車ほどじゃないのだ。広い広い♪


 深夜バスがうるさいとか、まぶしいっていうのも覚悟していた。
 エンジン音、あるいはほかのお客さんのイビキ、歯ぎしり。邪魔な音はインナーホンをつけてiPodで曲を聴いたりしてシャットアウトするつもり。
 カーテンの隙間からのぞく外の光。ケータイの灯り。これは毛布をあたまからかぶって、しのげばよい。


 しかし、まったく予想外の不快感がワタシを襲う。
 それは「ニオイ」だ。
 あとから乗りこんできたお客さんが、ワタシの後ろの席に座った。そしてガサゴソと袋からビールを取り出すと、栓を抜いた。
 プシュッ。あたりにたちこめるビールのニオイ。
 そして、なぜか魚肉ソーセージのニオイも漂ってきた。
 おつまみか?
 おつまみなのかッ?
 車内は魚肉ソーセージのニオイに包まれた。
 どうすればいいんだ。鼻をつまむのか? マスクをすればいいのか?
 ニオイの暴力に対して、人はあまりにも無力なのだった。


 そしてまた、別なニオイがワタシを苦しめた。
 ワタシの隣には、トイレルームがあったのだ。
 バス会社の名誉のために言っておくが、トイレそのものは良く清掃されて清潔で、臭わなかった。
 おしっこそのものが臭うのだ。
 疲れすぎた時のような、脱水症状になったような、あるいは寝起きの時のような。
 濃度が高いおしっこそのものから、濃い臭いが漂ってくるのだ。
 バス会社は悪くない。というか、誰も悪くないのだ、きっと。
 見知らぬ他人のニオイを嗅ぎながら、ワタシは思った。
 オレはもう限界かもしれない、と。


 しかし最終的に、それらのニオイは気にならなくなってしまった。
 どうやら、鼻が慣れたらしい。
 人間の環境適応能力って、スゴい。


 東京を出たバスは高速をひたはしり、朝5時頃に最後のトイレ休憩に入った。
 カーテンが閉められて真っ暗、息苦しいバスをおりる。外は開放感にあふれ、ひんやりとした風が吹いていた。
 と、そのとき、琵琶湖の向こうから朝日が昇ってきたのだった。
 
 バスの目的地は頭にあったけれど、コースや通過地点はまったく頭に入っていなかった。京都に向かう途中、琵琶湖のほとりで朝日が見られるとは思っていなかった。
 旅に出たんだなぁ、ふつふつと実感がわいてきた。
 あったかい缶コーヒーを買って、ちびちびと飲みながら、朝日が昇っていくのを、琵琶湖の鏡のような水面を、眺めていた。