ーOOO-和菓子屋が観た「洋菓子店コアンドル」

  
 悲しい過去を秘めた伝説のパティシエと、恋人を追って上京したケーキ屋の娘、二人が偶然出会ったお店は、たくさんの人生にあふれていた…。


 まあ、その、なんだ、ちょっくら蒼井優を観てきたって寸法ですよ。映画館に向かう道すがら、ワタシの聴いていたiPod nanoから偶然にも蒼井優が出演した映画「花とアリス」の曲が流れてきたではありませんか! なんということでしょう!
 我が強くて未熟者な主人公に、ああもう見てられない! という恥ずかしさを感じながら、個人的にはたのしく拝見しましたです。


 「ワタシは和菓子屋です」と自己紹介すると「ケーキは食べないんですか?」と尋ねられることが多いんですが、んなーこたぁない。甘い物はなんでも好き。ついでに言うとお酒もけっこう好き。
 んだから、この映画ではスクリーン越しにケーキを、そしてソレを作りだす技を堪能しましたです。
 ぐーっと寄ったカメラの先には、クリームも生地もふんわりとろけるようなケーキ。その上にカチッとシャープなチョコや飴細工がのせられ、そこにカメラのピントが合っている。そしてケーキを生み出す職人の手。大理石の上に薄くのばしたチョコレート、スーッと削ると細い糸のようなチョコレートがクルクルっとカールする。
 はー。ワタシはああいう細工をやったことがないので、尊敬のため息が出てくる。
 蒼井優は見習いケーキ職人の役ということもあって、手つきがぎこちない。で、そこらへんに「ちゃんと蒼井優が作ってますよ」感が出てたり、逆に上手な職人さんの技が引き立って見えたりして、良いわけですよ!


 「和菓子はシンプルで、洋菓子はデコデコしてるよなー」という程度の印象を持っていたワタクシですが、この映画を観て、その違いについて理解が深まりました。
 洋菓子というのは、ドレスアップした人たちが集まる晩餐会などでフランス料理のコースの最後を飾るデザートだから、それ以前に食べた脂っこいものとかに負けないような味を出さなければならないし、料理や部屋やドレスに負けないような飾り付けが施される。だから、フルーツやクリームで飾った、華やかな姿形をしているんだ、と。
 逆に和菓子っていうのは、日本庭園や畳の座敷で催されるお茶の席で出される苦いお茶の口直しにチョビッと一口ずつ食べるモノなので、味はほんのり甘く、慎ましやかな色や形なんではないかと。


 この映画の「パティスルー・コアンドル」は、パティシエがレジに立つような小さなお店で、なおかつ店先でケーキが食べられる喫茶店みたいな部分も併設されています。ワタシはお店の裏方だから直接お客様と触れあうチャンスがありません。だから、作り手がお客様の顔を直接見ることが出来るような小さなお店に憧れを持ったりしてますです。
 蒼井優もなかなか良かったけど、店長役の戸田恵子もなかなか良かったです。開店前のショーウインドウに、息を止めてソーッとケーキを並べるシーンがあって、あーその気持ち、すごいよくわかるわー、と。作った者として、ちょっとでもおいしく見えますようにとか、おいしく食べてもらえますようにとか、そういうことを祈りたくなるモノなんですよね。


 この作品の深川栄洋監督は、前作の「白夜行」でも戸田恵子を起用しています。戸田さんは白夜光ではまた違った顔を見せていましたっけ。深川監督は白夜行で戸田さんがあまりにも良かったから、このコアンドルにも起用したのかな?
 と、ここで不意にピンと来た。
 戸田恵子さんって、魔女の宅急便でパン屋の主人のオソノさんを演じてたっけ。
 あ、この映画って、「魔女の宅急便」を下敷きにしてる?


 先に言っておくと、「パクリだ」と糾弾したいわけではないんです。この二つは全く別の映画。
 というか、「主人公がお店に住み込んで働く」「お店の主人は戸田恵子」という部分はストーリーの進行に全く関係ない。パクリと言われることを避けるならこの部分を変えるべきなのに、あえてソレを残したのは「魔女の宅急便を下敷きにしましたよ」というリスペクトの表れではないかと思うんですな。


 ところで、この映画は魔女の宅急便を下敷きにしていると考えると、すごくしっくり来る部分がいっぱいあって面白い。
 魔女の宅急便というのは、地方から都会に上京してきた女性の自立を描いた物語だ。
 キキが「魔女は14歳になると修行に出なければならない」から家を出たというのは言い訳に過ぎなくて、セリフには出してないが実は彼女は家を出たくてたまらなかったのではないか。
 コアンドルの主人公、なつめが上京する理由や東京にとどまる理由のワケのわからなさも、同じようなものであったと考える。


 キキの使える魔法は唯一、空を飛べること。空が飛べなければ普通の人間と全く変わりなくなってしまう…というか、「自分らしさ」や「自分が自分であること」といった自分の存在意義が根本から大きく揺らいでしまう。
 このことは、地方から都会に上京してきた…というか、夢を抱いて仕事を始めた若者がすぐに直面する危機でもある。「ちょっと大学や専門学校で勉強してきた程度の得意技」は、いざ仕事を始めるとまったく武器にならないことに気がつかされる。
 実家のケーキ屋さんを手伝っていたなつめは、自分の腕前にかなりの自信を持っていたが、いざ東京の本格的な洋菓子店に勤めようとしたときに鼻っ柱をヘシ折られてしまう。


 あとキキとジジの関係性と、なつめと電話の向こうのおばあちゃん(ババ!?)の関係性に、共通点が見られるのではないか?と思ったり。
 キキはジジに相談したりするけど、ジジが止められるものではなく、結局キキは自分で自分の道を進んでいる。だから、ジジの言葉が聞こえなくなったのはピンチではあるけれど、それ以後は自分で自分の道を決めるハラをくくったという点に自立や成長を感じる事が出来る。
 なつめはおばあちゃんに電話するけれど、お父さんやお母さんじゃないところがポイント。相談しているようにも見えるだけど、自分勝手に決めたことを一方的に話しかけて、電話を切ってしまう。結局自分で自分の道を決めている。最後の決断はおばあちゃんに電話さえしなかったように見えるし、そのことは彼女が自分の運命を自分で切り開くハラを決めたことを意味している。
 なんてな。


 ということで、ワタシは魔女の宅急便が好きすぎるのであれこれ書いてみましたが、この映画をキッカケに魔女宅を考え直すことが出来て、楽しかったです。