ーOOO-不審な「粉」
あれは一昨年の夏、夜のお台場海浜公園駅。
電車の中もホームも混雑していたけれど、改札とは逆の奥まった位置にあるトイレに向かう者はいなかった。やや薄暗いトイレでワタシはひっそりと用を足す。
手を洗おうとしたそのとき、ワタシは洗面台の横で不審な「粉」を見つけた。
スーパーでもらえるような透明なビニール袋にちょっとだけ白い粉が入っていて、袋の口は軽く結んである。
その白い粉はザラザラと粒が少し大きくて、真っ白で、透明感がなかった。その粉は、砂糖でも小麦粉でも塩でもない。自分は和菓子屋なので、そのことだけは一目見ただけでわかった。というか逆に言うと、和菓子屋のワタシには一目見ただけではわからない、謎の粉だった。
いったい、何の粉だろう?
忘れ物だろうか? しかし、そもそも洗面台にこの白い粉を取りだして置いておく理由がわからない。
忘れ物ではなくて、わざと置いてあるんだろうか?
と、そのときワタシは気がついた。
コレは普通の粉じゃない。ヤバいもんだ、と。
だとするとコレは忘れ物じゃなくて、売人と買い手が顔を直接合わせないで取引するためにココに置いてあるんだ、と。
その瞬間、自分の背骨が氷になったようなイヤな冷たさが身体を包み、その場から身動きがとれなくなった。
とにかく、ヤバい。
警察に届けなきゃ…。
しかし、コレは本当に「ヤバい粉」なんだろうか? 確認しなければならない。
確認するって、どうやって?
というか、確認して本当にヤバい粉だったら?
持って逃げちゃったら、どうなるの?
コレがヤバい粉の取引だとしたら、出口で誰かがオレのことを監視してるのか?
グルグルと思考が巡る。
とにかく、まずは確認だ。
恐る恐る、怪しい白い粉の入ったビニール袋を持ち上げる。
袋の口を開け、そっとニオイをかいでみる。
甘い、花の香りがした。
…花の香り?
そっと指でつまみ、水でこすってみた。
泡が立った。
それは、粉せっけんだった。
どうやら掃除のオバチャンが忘れていったモノらしい。