ーOOO-美味不味
退屈な日常の中にも、ちょっとした冒険は転がっているものだ。
たとえばそれは、帰り道。
いつもの駅で降りないで、あえて2,3駅乗り過ごしてみて、降りてみる。
そういえばこの駅に降り立ったのは、何年ぶりだろう? ちょっとした待ち合わせをしたりクルマで通り過ぎたことはあったけれど、こうしてじっくり歩いてみるのは10年…いや、20年ぶりだろうか?
今夜は特に、霧が出ていたので全く知らない風景に見える。
さらにもう一歩踏み出して、知らない店で晩ごはんにしてみよう。
駅前の店を通り過ぎ、3分も歩けば心細くなってくる。
あれっ、前、このへんにあったラーメン屋が潰れてる? 時間の流れは街の風景を、あるいはおぼろげな記憶を吹き飛ばしてしまう。
おやっ、こんなところにこんな店があったっけ?
なんだかボロい店構えのラーメン屋。ドアはギトギトして脂っこそう。
しかし今夜は冒険気分だ。思い切って店に入ってみる。
鼻を刺す臭み。それは、豚骨の香り。
これは、できあいの豚骨スープを買うのではなく、自分の店で豚骨スープをとっているということだ。けっこう臭いのだが、ここはひとつ喜ぶべきか。
豚骨の香りが濃厚なスープ。それは荒々しく、あたかも獣そのものであるかのような香りを放っていた。
中太のストレート麺は、芯が残ってバリ硬…っていうか、生?
食べ慣れたいつものラーメンとは違う。
ここで一瞬、「あれっ、不味い!?」と思いそうになってしまうのをグッと堪えて、いつもと違う食べ慣れないラーメンの味に、どっぷりと使ってみようではないか。
なにしろ今夜は、冒険気分なのだ。
鼻腔を抜けるスープの香気、舌先ではスープの味わいを。
麺の食感を、歯ごたえで、あるいはノドごしで。
そこには、日ごろ食べ慣れたラーメンとは違う、全く新しい世界が広がっていた。
そして今夜は冒険気分だ。
たとえ不味いと感じるものを食べたとしても、それは勉強なのであって、喜ぶべきことである。
日常的に美味しい物ばかり食べていると、やがてそれは日常になり、その味に感動しなくなってしまう。
美味しい物を真に味わうためにこそ、不味い物を味わうべきなのである。
いつも食べ慣れているラーメンが、いかに自分にとって美味しい一杯であるか? そのことを知るための勉強代として、今夜のラーメンは決して高くなかった。
ってか、失敗した…。