ーOOO-ノラネコにさよならを
というわけで、病気のノラネコを動物病院にあずけてきたワタクシだったのですが。
もうすっかりアタマの中はネコでいっぱい。
そもそもの心配だった子ネコの病気は、動物病院で治療中。そういう意味では心配事は無くなったはずなのだが、しかし今や、あのネコをこの先どうするかが難しい問題となって、残った。
問題はいくつかある。
第一は、あの子ネコをふたたびノラネコに戻すのか?
あの子ネコはノラネコのままの方が幸せなのか? 飼い猫になった方が幸せなのか?
ノラネコならば自由気ままに暮らせるだろうが、その寿命は短いはず。
飼い猫ならば雨の心配も無く三食昼寝つきだが、閉じ込められた生活は幸せと言えるのか。
どっちが幸せなんだろう?
そして第二は、飼い猫になるとしたら、誰が飼うのか?
ネコが嫌いな人は、もちろん飼わない。
ネコが好きでネコを飼っている人は、自宅のネコとの相性があるから、簡単に「うん」と言わない。
ネコが好きで今現在飼っていない人は、何らかの理由があって飼っていない。たとえば「今はアパート住まいだ」とか、「今もまだペットロスがつらい」とか。
誰も面倒を見てくれなかったとしたら、自分が面倒を見るしかない。
第三は、今まで一度も動物を飼ったことがない自分に、ネコは飼えるだろうか?ということ。
あのとき動物病院の先生は、ワタシがネコを飼うことに対する恐れを和らげてくれた。
自分にも、飼えるのだろうか?
本屋で「ねこのきもち」的な本を買って、コレならオレにも飼えるかな…と思ったり、いや、無理無理無理! ぜったい無理! と思いながら雑誌をブン投げたり。
その翌日、ウチの会社で一番の話題は、ワタシがノラネコを動物病院にあずけてきた一件についてだったのでした。
会社のみんなはいろいろ言った
動物を飼ったことがない人は、のーてんきに「飼っちゃいなよ」と。
動物を飼ったことがある人も、さも簡単そうに「飼っちゃいなよ」と。
ワタシはペットを飼ったことがなくて、一人暮らしで。しかもあのネコは生後2ヶ月の子猫で、ノラネコだ。自分にちょうどいいアドバイスをくれる人はいなかった。
ある人は、こう言った。「動物病院なんか保険は効かないんだし、値段は言い値みたいなもんだから、ボッタクられちまうぞ。はやいとこ引き取っちまえよ」
またある人は、こう言った。「会社のみんなにカッコ良いトコ見せたんだから、もういいじゃない。飼ってみました、逃げちゃいましたーとか言っちゃえばいいじゃない、そんな悩まなくてイイのよ、フフ」
またある人は、こう言った。「いやあ、やっぱりネコなんか飼わない方がいいよ」 どうして? 「ひとり暮らしでネコなんか飼っちゃうと、可愛くて可愛くて、結婚できなくなっちゃうよ」 あー、ねぇ?
と、思い出した。
ネコがキライな友だちがいるんだけど、結婚するときに彼女がネコをつれてきて、飼うハメになってしまったヤツがいたっけ。
ちょっと電話してみる。
「えー、オマエ、とうとうネコ拾っちゃったのぉ? ワッハッハッハ。…って、拾ったわけじゃ無いってー? ま、いいけど。
んー。そうねー、ネコを飼うのは、思ったよりラクだったよー。
とりあえず外に放すのはありえないねー。基本、家で飼うことになるけど。家になれちゃえばほったらかしの放し飼いでいいし。あ、なにか口に入れちゃうと怖いから、あちこち片付けないとだけど。
基本、昼寝してるんだけど、ネコは夜行性だから夜中にゴソゴソやるのよ、だから、馴れないウチは眠れないかなー、っていうか眠らせてもらえないかなー。
嫁さんのネコは意外に早くオレに馴れてくれたんだけど、疲れててもドーンと甘えてくるから、そういう意味でも寝かせてもらえないかなー?」
心配なのは、ホラ、オレ、一人暮らしだから、留守番させると寂しいんじゃないかなーって、さ。
「うーん、やっぱねー、ネコの都合はおいといて、めちゃめちゃ自分が寂しいとか、ちょっとどっかおかしくないと、飼えないんじゃない?
一人暮らしでネコを飼ってたウチの嫁さんは、ネコはきちんとお留守番してるからーとか言ってたんだけど、一緒に暮らしてみるとやっぱネコが寂しがるのよ、嫁さんがいないとき。
で、そういう部分を見て見ぬ振りをして、っていうかホンキで気がつかないで、ネコかわいいーって言いきっちゃうおかしさがある気がするよね」
うーん。
いろんな人がいろんな意見を言ってくれて。
で、それぞれの意見は、それぞれ一理ある。どれが間違っている、ということは無い。
悩みは深くなる。
ただ、ひとつだけ判ったことがあって、それはグズグズしてはいられないということ。動物病院にあずけておけば、どんどんお金が飛んでいく。そして、引き取るとするなら、今は引き取り手が見つからないのだから、とりあえず自分が預からなきゃならない。
みんながいろいろ意見してくれたけれど、何をするかは自分で選ばなければならない。
おもえばみんな、すげえなぁ。
結婚するだとか、子供を育てるだとか。
オレなんか、ネコをどうするかだけでも、いろいろ考えちゃって。
…考えすぎ、なんだよな。
ゴチャゴチャ考えるのは、やめた。
ワタシは、ネコを飼いたいか?
飼いたかった。
いつか、飼ってみたかった。
そしてワタシは、あのかわいそうなノラネコを放っとけなかった。
ようし、飼うぞっ!
そう決意したら、自分の生活が音を立てて変わっていく予感に、胸がドキドキした。
その日の会社の帰り道、まず最初にワタシはホームセンターのペット用品売り場へ向かいました。ずらずら並ぶペット用品のいちいちが物珍しい。そして動物用のキャリーバックを買いました。ちょっと大きくてガッチリしたプラスチックの手提げバスケットです。
その足で、動物病院へ。
ワタシが動物病院の玄関をくぐったとき、看護婦さんはワタシのキャリーバッグを見て「あっ、お迎えなんですね!?」と、こちらが驚くほどのとびきりの笑顔で喜んでくれました。
センセイもニコニコしながらいろいろ説明してくれました。お薬のこと、目薬の差し方、そしてこの先のこと…予防接種の予定などなど。やらなきゃならないことはいろいろある。ちょくちょくココにお世話になるだろうな。
子猫は退院できるほど元気になって目ヤニもすっかり無くなりましたが、まだノドがかれていて鳴き声が聞こえません。そんな子猫をキャリーバッグに入れてあげました。
タオルを敷き、その上にそっと子猫を乗せ、さらにふんわりとタオルをかぶせ。
子猫は見慣れぬキャリーバックの中でおびえているようでしたが、夜おそかったので眠いのか、くるりと小さく丸くなって、すぐに眠ってしまいました。
そしてお薬をもらいました。このネコには名前がまだ無いので、薬の袋には「○○さんちのこねこちゃん」と丸っこい字で書いてあって、おもわず笑ってしまいました。
動物病院に来るときに、段ボール箱に入れて連れてきた子猫は、驚くほど軽くって。今にも魂が消えていってしまいそうな、頼りない手応えでしたが。
動物病院からの帰り道、キャリーバッグの子猫は、ズッシリと重かったです。
その重さの違いはもちろん、箱の重さの違いから来る…というのはアタマでは判っているのですが。
しかしこの重さは、この子猫の一生を自分が預かったのだという、小さくてやけにズッシリとした感触に感じられました。
駅のホームでキャリーバッグの中をのぞくと、子猫は静かに眠っていました。
もうおまえはひとりぼっちじゃない、ノラネコなんかじゃないぞ。
今日からオマエは、ウチのこねこちゃん、なんだかんなっ!
そして子猫をなでようかなと思いつつ、いやいや寝た子を起こさないようにしたほうがいいかなと考え直し、ワタシはだまって子猫を見つめたのでした。