ーOOO-ちゃんぽん

 血圧と尿酸値が高いので、病院に通院しているワタクシです。
 うちの近所のデカイ病院は、内科だけでも診察室が15室くらいあるマンモス病院だ。デカイだけあって最新の医療設備も整っている。診察の待ち時間はそれほど長くないけれど、診察が終わった後の会計にやたらと時間がかかったり、行くたびに担当の先生が変わってしまったりする。
 担当の先生が変わるのは面倒くさいから、毎回同じ先生に担当してもらうことにしている。
 このお医者さんは熱心な先生で、「お薬も大事ですけど、運動して体重を落とすところから」とかいろいろ言ってくれました。そういうアドバイスって、ありがたいんだけど耳が痛かったりして厄介なものなんだけど、この先生は言い回しがやわらかかったので、ワリと素直に意見が聞けたのです。
 6週間に1度づつ、何回か通ううちにワタシの血圧は劇的に改善し。
 薬もお医者さんも相性がいいみたいだし、ま、この調子で続けようか…というところで、
「いやー、じつはワタシ、こちらの病院には出向という形で来ていたんですが、こんどの春に人事異動がありまして、こちらの病院には来ないことになってしまってですねー」
 ほえー!
「カルテのほうにキッチリと申し送りを書いておいて、新しい先生に引き継いでもらって、今までどおりの形で診療を続けさせていただきますので、ご心配なく」
 はあ…。
 心配げなワタシの顔を見て、先生は
「もしアレでしたら、ワタシの本当の勤務先といいますか、ちょっと遠いところにある小さい病院なんですけど、そちらに紹介状を出す形にして、えー、そちらの病院でワタシが診察を続けるという形はどうでしょうか?」


 んで、ちょっと考えた、
 今の先生がワリと話の合う先生だった、というのが一つ。
 また新しい先生と人間関係を構築していくのがめんどくさく感じた、というのが一つ。
 それから、現在は高血圧が改善していて、診察は血液検査と薬をもらう程度だ、というのが一つ。
 もしも救急車で運ばれるような事態になったら、近所のデカイ病院に行くことにするけれど。そうでないなら、慣れ親しんだ先生に話を聞いてもらったほうが、気楽だった。


 ということで、あれから6週間。
 あのときセンセイに書いてもらった紹介状を片手に、いつものセンセイを訪ねたのだった。
 ちょっと遠い街にある病院は、ちょっと小さくて、ちょっとボロかった。診察室は3つしかなかったし、患者さんも少なくて、あっというまに診察の順番が回ってきて。
 見知らぬ病院で見る、いつもの顔なじみの先生は、ことのほかうれしそうだった。
「いやいやいや、わざわざ遠くまで来ていただいて」
 そうですね、近くはないですね。
 わっはっは、と診察室で笑いあう。
「こっちの病院はほどほどに小さくて、患者さんが少ないけれど、逆に患者さん一人一人の診察にたっぷり時間がさけますから、ちょっと雑談なんかできて良いですよね。あっちの病院は患者さんが多くて、とにかく次々にこなさなきゃならなかったから、ちょっとそういう意味では患者さんもボクも不満が残る部分があったというか
 不満というかなんと言うか、まあそれとは違う話になりますけど。
 病院に診察にいって薬をもらう、っていうと気が重いんですけど。でもこうやって、ちょっと遠くへ出かけて、帰り道に近所をプラプラあるいて、なんかそういう気晴らしというか、遊びに来るつもりというか、散歩に来るつもりでこちらの病院に来たので、けっこう楽しいですよ。
「うんうん、そうですかぁ」
 センセイは手元のレポート用紙を引き寄せて、ペンで何事かを書き始めた。
「えっと、これが今、この病院で。で、目の前を走る国道」
 地図だ。
「えー、この裏通りに入ると、目の前に調剤薬局がありますから、ここでお薬をもらうと良いかもですね」
 ふんふん。
「で、ここからずーっといって、コンビニがあって、ここをこう曲がって次の角に」
 ふんふん?
「おいしい長崎ちゃんぽんのお店がありますから」
 でええっ!
「いやっ、いやっ、うん。おいしいですから。で、この先に、タレントの何とかさんが自分の店を出していて、居酒屋さんなんですけど、ここがですねー」
 わざわざ遠くまで診察にやってきたワタシに、センセイはあれこれ、地元の名物のお店を紹介してくれた。
 病院に来て、グルメガイドしてもらうとは思わなかった。
「…そうですね、あとはねー」
 いやいやいや、ちょっと散歩して、なんかこう野良猫とか見つけて、写真を撮ったりしながら帰りますから。
「猫ねー。うん、そういうの、このへんいっぱいいますよー。このへんは商店街が多くてですねー、で、このあたりから、こう…」
 メモ書きの地図は、どんどん広がっていった。


 結局、血圧と尿酸値は異常なしで、まったく順調。
 センセイは「今度来るときまでに、また何かおススメを調べておきますから」とか言ってくれたので、病気の診察もさることながら、そちらも楽しみなのでした。


 あ、長崎ちゃんぽんは野菜だくさんで、スープは脂っこさがなくてスッキリしているのに魚介の旨みが濃厚で、とってもおいしかったです、まる。