ーOOO- Hi-Hi

 ランナーズ・ハイというコトバをご存じでしょうか? 走っていると、脳内麻薬物質がドバドバ出てきて、いくらでも走れるような多幸感に包まれる…というアレです。
 マラソン大会に出たことがあるワタシとしては、そこまでの強烈な多幸感というヤツを体験したことはないのですが。でも、長時間走っていると、意識しなくても足が勝手にしゃきしゃき動いて、疲労感を意識することもなく、ずっとどこまでも走って行けそうな感覚を味わうことがあります。
 この身体が軽くなる感覚は、厳密にはこれはランナーズ・ハイではないらしいのですが。しかし大変気持ちの良い体験なのです。
 42.195km走っているときに、不意に訪れる疲労感の減少、勝手に身体が動いているような感覚。
 このままゴールまでこの身体の動き、感覚が続いていて欲しい。
 でも意識してその身体の動きを再現することは出来ない。
 ランナーズハイを追い求めつつ、理想の身体の動きを追求しているウチに、ゴールは近づいてくる。


 んで、ときたま思いだしたようにスポーツジムのランニングマシーンに乗るワタクシです。
 ほんのつかの間…30分走るときに、「ああイヤだなぁ…」とダラダラとテレビを見ながら走るのではなく、身体のあちこちと対話しながら走ると面白いのです。
 どうすれば勝手に手足がシャキシャキ動く感覚を再現出来るのだろうか?
 そして「それ」は不意に訪れるのです。
 おお、身体がシャキシャキ動いている!
 呼吸が苦しくなることもなく、疲労を感じることもなく、手足が勝手に動いている感覚。
 これを、ランニングマシーン・ハイとでも呼べるだろうか。
 いつまでもこの感覚が続くように、必死に自分の身体と対話する。筋肉の動き、腰のひねりの角度、足の接地感覚、背骨は、肩は、首は、腕は、ヒジは…。それらのバランスを意識しすぎると、不思議なことに、バランスが崩れてしまう。あまり意識しすぎないことが大事なのだが、無意識というのもちょっと違う。それではのんべんだらりと走るハメになってしまう。
 ランニングマシーン・ハイがやってくるのはどんな瞬間なのか、常に意識し続け、微妙に身体の動かしかたを修正し続けながら、走る。
 ランニングマシーンハイを追い求めるウチに、あっという間に時間が過ぎてゆく。


 ところで、どうも自分は足の裏の筋肉の使い方が下手くそらしい。自分は扁平足なので、ぺたぺた走ってしまうのだ。
 扁平足とそうでない足と、何が違うか?
 足の裏のつま先からかかとにかけての縦アーチの筋肉群。親指から小指にかけての横アーチの筋肉群。それによって形作られる、土踏ます。
 土踏まずを意識することで、フワッと着地することが出来て、疲れにくくなるらしいのだ。
 だから、ふだんから立っているときに意識をする。
 縦アーチを意識して、かかとを意識しながら足の指でグッと踏ん張る。
 横アーチを意識して、足の小指と親指にグッと力を入れ、残りの三本の指はふわりと浮かせるようにして立つ。
 実は、この姿勢はヨガの立位の基本なのだった。
 ヨガではそこから、ひざ頭を持ち上げるようにして足の前の筋肉を意識し、左右の太ももの前の筋肉を内もも側にねじりこむように意識し、内ももに緊張感を感じつつも、お尻の筋肉には力を入れないで柔らかく保ち、シッポを内側にしまいこむように腰骨を起こし…と続いていく。
 ただまっすぐ、立つ。
 そのことがどれほど大変なことか。
 身体の各部を意識しながら、それでいて緊張してカチカチにならないように。
 痛い、疲れるというのは、不自然に力が入っているからだ。リラックス、リラックス。
 するとある瞬間、立っていることがまるで苦にならないような、不思議な感覚が訪れる。
 スタンディング・ハイだ!
 いつまでも立ち続けていたいような、ずっとこうしていたいような。
 しかし、それはかなわない。一つのところに立ち続けているわけにはいかないのだ。
 歩き出すことで、そのスタンディングハイは崩れてしまう。しかし本当は、歩き出してもその心地よさを持続させたいのだし、立ち止まったらあの感覚に戻ってきて欲しいのだ。


 そしてとうとう、今朝のこと。
 通勤電車の中で、スタンディング・ハイの訪れを待ち、足もとのあちこちの筋肉を動かしていく。
 そういえば、上半身の筋肉に意識をむけていなかった。
 走るときには大きく腕を振る。これは、腕の動きと足の動きを連動させているのだが、このとき腹筋と背筋が連動して動いている。足が疲れてきたときには、意識して腕を大きく振ることで、歩幅が伸びてくる。走ることは、全身運動なのだ。
 足の筋肉にばかり意識をむけていた自分を恥じ、上半身に意識をむける。
 前屈みで仕事をしているせいか、どうも自分は猫背気味だ。
 すこし背中を反らし、いつもより心持ち上を見る。
 胸を開き、肩甲骨を寄せてやる。
 不自然に疲れてくる。リラックス、リラックス。
 足に変な力が入ってくる。これまたリラックス、リラックス。
 と、そのとき。
 首の力が、抜けた。
 肩甲骨と肩の緊張が抜け、首の前も後ろも重さを感じない状態。
 いまだかつて、こんなに肩首がリラックスしたことがあっただろうか?
 ネック・ハイだ!
 っていうか、ハイネックだ!
 いや、ジョーダンじゃなくて、マジでマジで。
 首や肩の緊張が抜けることがこれほど快適だったとは、知らなかった。
 そしてこの心地よさは、通勤電車から駅のホームに足を踏み出したとき、はかなくも消えてしまったのだった。


 走るときに感じるという、ランナーズハイ。
 その感覚を、フルマラソンを走ることなく味わおうとしているうちに、正しい姿勢を追い求める修行が始まり、日常生活の些細な瞬間にちょっとした高揚感を日々感じている昨今のワタクシだったのでした。