乗馬クラブの日々 ─◯◯◯-

◆ 以下はあんだんご -乗馬クラブが始まった!- の続きです。
◆  http://blogs.yahoo.co.jp/takatakatantantan/29394.html


乗馬クラブの日は
送迎バスを待つのもかったるいし、電車賃もバカにならないしで
我々は車で移動して、片道一時間半かけて二人で学校に向かった。
やや早めにクラブに到着するのが常であった。
冬は朝10時からの授業だったが、
夏場はあまり暑いと馬がバテてしまうから、と
夕方4時からの授業となった。

授業の開始する遙か前、クラブではすでに馬が何頭か放牧されていた。
犬がじゃれるように思い思いに競い合って走る馬たち。
中の一頭を先生が連れだし、手慣れた様子で鞍や手綱をかけてやると
すぐ隣の放牧場で自由自在に乗り回しはじめた。

「馬に慣れていない生徒さんたちに乗られることをイヤがる馬がいるのよ。
 だからそういう馬は、生徒さんたちが乗る前にここでこうやって
 思う存分走り回らせて、ストレス発散してもらうというか
 ちょっと疲れてもらうのよ。」

時にロデオのように、時に競走馬のように早く。
馬の思うままに走らせるだけ、と先生は言うが、
乗りこなしている先生の腕前も相当なものだと思った。
先生はそうして放牧させている馬の一頭一頭の健康状態や
乗ってみたときの馬の手応えを見て、
今日の授業にどの馬を使うかを決めていると言うことだった。

待っているのも退屈なので、時にはなんとなく厩舎をのぞきに行った。
寝ている馬、ひたすらガリガリとサクをかんでいる馬、
ぐぶっぐぶっと旨そうに水を飲む馬。
友人はサクの入り口にある馬の名前とその血統表を見て、
「おい、何年か前まで競馬に出ていた奴だ」
と、うれしそうに言う。
ここは競馬を引退した馬や、競走馬のセリで買い手のつかなかった馬たちの
安住の地になっているようだった。

カラになっている馬のスペースでは厩務員さんが厩舎の掃除を賢明にやっていた。
馬糞をひろい、汚物にまみれた寝藁を全部外に出して掃き清め、
新しいおがくずをしきつめて、ふんわりと寝藁をしいた。
見ればどの厩舎もそうして清潔に保たれているのだった。
「毎日大変ですね」と声をかけると、
「いや、好きでやってるだけですから」と、笑う。
その人は厩務員ではなくて、
単に馬が好きで好きで仕方が無い会員さんが勝手に掃除していただけだったのだ。

レッスンの日程は進んで行く。
ゆっくりと歩くだけではなく、だんだんと軽早足、早足と
馬の歩みのスピードを上げることが出来るようになってくる。
馬の歩みが早くなると、馬体の動きが激しくなって
激しくオシリを鞍にぶつけることになる。

言葉で説明するのは例によって難しいのだが、
馬の歩みにあわせて自分が立ったりしゃがんだりすると
オシリを鞍にぶつけないですむ。
馬は四本足で走るから、身体の動きのリズムが人間とは違って独特で、
なかなか立ったり座ったりするタイミングは難しかったが
やがてぴたりとタイミングを合わせることが出来るようになった。
私が自分で立ったり座ったりするのではなくて、
馬の動きにあわせて弾んで着地するだけだ。
全く疲れないし、ちっともオシリは痛くない。
私はついに、少しだけ馬と息を合わせることが出来るようになった。

ただ馬に乗っているだけでいっぱいいっぱいだったころとは違い、
気持ちに余裕が出てくると、
馬に乗って走っているときの疾走感が心地よく感じられるようになった。
馬の進行方向を変えるときはグイッとたづなを引っ張るのではなく、
お願いするような気持ちで引っ張ってやると
馬は進む向きを変えてくれた。
たづなは車のハンドルではない。

終了後の馬にブラシをかけてやるのも何でもないことになった。
ブラシをいやがる馬もいれば、
上手にブラシすると目を細めて気持ちよさそうにする馬もいた。
ひずめの裏を掃除するときは、
馬の耳がピンとたっていると警戒しているから注意した方がいい、とか
私はだんだん馬の気持ちが分かるようになってきた。

と、そのへんで私の8日間のレッスンは終わった。
最終日の授業の様子が即ち実技試験をかねていて、
筆記試験もあったけれど、もちろん因数分解といった難しい問題が出るわけでもないし、
難なく終わらせ、
無事5級を取得して、授業は終了した。


私の乗馬の体験談はここまでで終わりだ。
書き出しではあまりにも悪し様に書いてしまったけれど
この乗馬クラブの体験は私にとっていい思い出だ。
せっかくあそこまで上手くなったのだから続ければ良かったかなとも思うけれど
乗馬はテレビゲーム以上に現実世界に何の見返りもない趣味だなとも思えて
やはりあのへんが遊びとしてはちょうどいい引き際だったと思う。

友人は「もうちょっと乗馬しないか」と私を引き留めたけれど、
じきに1人で乗馬クラブに通うようになって、
知らぬ間に通わなくなってしまった。
友人は馬の気持ちが良くわかるようになって、パドックでは
「この馬はやる気満々だ」「この馬は入れ込んでいる」
というのが良くわかるようになったらしいけれど、
そのことを上手に馬券戦術に生かすことは出来ないみたいだった。