ーOOO-行列、42.195km…神戸マラソン2012参加記(1/4)
「しっかし、なんでまた、神戸に行ってフルマラソンなんですか?」
行きつけの接骨院の若いセンセイは、そう聞いてきた。
ベッドの上でぐいぐいと腰を揉まれながら、ワタシはこう答える。
「いやー、手当たり次第に応募してたら、神戸マラソンが当たっちゃってねぇ」
「でも、先月の福島のハーフマラソンの疲れが、まだ残ってるじゃないですかぁ?」
ふくらはぎのド真ん中にズブズブと指を突き立てられ、痛みにのたうち回るワタシ。確かにワタシは先月ハーフマラソンを走ったし、そのあと調子を崩し、一か月間走る気になれずにいた。
「はじめてのフルマラソン、不安じゃないですか?」
「そりゃあ、ねぇ。でも怖さより「楽しみだ」って気持ちのほうが、勝っちゃうな」
「楽しみッスか−? なんか、キツそうですけどねぇ…。ほら、タイムを速くするとか」
「うーん、そりゃあ速く走れればいいけどさ。でも、走るのが遅い人から見ると、マラソンっていうのは、ゴールまでの長い長い行列みたいなモンなんだよ。みんなで同じスピードでフワーッと進む行列、かなぁ」
「でも行列にしては長いし、キツいですよねぇ…。あ、ところで出発はいつなんですか?」
「うーん、明日なんだよね」
「マジっすか!? じゃあ、サービスしときますね」
ということで、この日はやたらと念入りにストレッチをしてもらったのでした。
帰り際に接骨院のセンセイは「帰ってきたら、参加賞とか写真とか、見せてくださいね」といって、笑いました。
先頭争いをするような一握りのランナーをのぞけば、多くのランナーにとってマラソンとは「純粋な行列」である、といえるでしょう。
たとえば、iPad nanoを買うための行列に並ぶという行為は、iPad nanoを手に入れるという目的のために、行列している。
でもマラソンは、単にゴールに到着することだけが目的の、行列なのだ。
合理的に考えれば、電車だってタクシーだってある。なぜ42.195kmも走るんだ?
マラソン大会は、スタート地点がゴール地点であることが多い。だったら、一歩も走る必要はないのだ。なのに、なぜ遠回りをして走るんでしょう?
「目的地にたどり着くことだけが目的の行列である」とするなら、マラソンというのはピュアな、純粋な行列だと言えるのではないでしょうか?
飛行機の写真を貼っておいて、「おっ、飛行機で旅行したんだな?」と読者に思わせるライフハック。実は夜行バスで出かけたので、足がパンパンなのであった。
さて、マラソンのどこらへんが行列なのでしょうか?
そもそも、参加のためには、まず抽選に当たらなきゃならない。神戸マラソンは抽選倍率5倍といわれ、厳しい競争を運でくぐり抜けなければなりません。
おお、ネットの向こう側に、目に見えぬ大行列が見えてくるようではありませんか!
そんでもって、レース前日の選手受付が、これまた並ぶ。
なにしろ参加者2万人。レース当日の朝では、とてもさばききれません。混乱を避けるため、参加受付は当日ではなく、レースの前日および前々日に行われました。
受け付け開始は朝10時。ワタシは10分ほど前に到着したのですが、すでに御覧の通りの大行列です。入場してエントリーキットをもらうだけで、30分くらい並んだかなぁ。
受け付けを済ませて、ほっと一息。
そのあとはのんびり神戸の街を見物しました。土曜日の神戸はあいにくの曇り空。「晴れていれば、さぞや…」という景色の中を、カメラ片手に散歩しました。
鉄人28号を見に行ったら、ちょうどトラックが3台ほどやってきたところで、その荷台にはテントや椅子やテーブルが載っていました。ちょうどこのころ神戸の街のあちこちでは、翌日のマラソンに備えて会場の設営がはじまっていたのです。
ふらふら歩いて、ひとり旅を満喫するワタクシ。
地元と建物の様子や風景が違うと「旅に出たなぁ…」「知らない土地に来たなぁ…」という気がするものですが、それだけではなくて、道行く人の言葉遣いを聞いても「遠いところに来たなぁ…」という気がするものですよね。
神戸の人は、言葉がどことなく柔らかい。
テレビで耳にするような笑わせるための関西弁とは違い、京都の上品で丁寧な言葉使いとも違って、なんだか暖かみと親しみのある言い回しでした。
そして神戸の街は美しくて。
ふと阪神淡路大震災のニュースを思い返すと、こんなに美しい街があんなことになってしまったのかという思いと、あそこからここまで美しく復興したのかという思いと、そして今の東北地方のありさまも心によぎりました。
ところでこの日は3連休のド真ん中。そのせいか、この夜はどこのホテルも満室で。しかたなく、カプセルホテルを予約しました。
カプセルホテルは、うすうすわかっちゃぁいたのですが、常にガサゴソ誰かがうるさくて。
ようやく静かになったなーと思うと、新しいお客さんがやってきて、ガサゴソと。
落ち着かなくて、よく眠れない。
翌朝は、ちょっと寝坊してしまいました。
レース開始まで、あと1時間半。
あわてて着替えて、ホテルをチェックアウト。
ホテルの前の道路では、警察官と警備員の合同チームがあちこちにスタンバイして、道路封鎖の準備をしているようでした。そうか、ここはマラソンコースになるんだな? 地図の上で確認したコースの長さが、チラッと現実的なものとして感じられました。
「時間がない!」と思いつつ、コンビニに直行。
おにぎりとバナナを買い込んで、地下鉄の駅に駆け込み、電車を待ちながら、軽い朝食をとる。
腹が減っては戦はできぬ。すきっ腹ならレース中にガス欠でダウンだし、かといっていま食べ過ぎれば胃に負担になる。食べたものがちょっとでも走るときの燃料になるようにと思いながら、ゆっくりとかみしめる。
スタート地点は…というか、ひとくくりに「スタート地点」とピンポイントで示せない広い広い範囲が、人の波でごった返している。
あ、そうだ。
ゼッケンを胸につけなきゃ。
コレなしには参加ランナー扱いしてもらえない。コースはおろか、スタート地点に立ち入ることさえ許されない。
あわててカバンの中からゼッケンを取り出して。
で、ちょっと驚いた。
ゼッケンの裏側には、名前と緊急連絡先を書く欄があったのです。
過去に自分が参加した10kmマラソンやハーフマラソンでは、参加申し込み書に緊急連絡先を書くことはあっても、ゼッケンの裏にまでコレを書いたことはなかったです。
緊急連絡先を常に身につけておくことの、意味と重さ。
今から自分が挑戦するフルマラソンは、お祭りやお遊びではなく、とびきりキツいスポーツなのだ。
「これ」の出番が来ないことを祈りつつ、いつもより少していねいな字で、ワタシは実家の電話番号を書き込んだのでした。
スタート前の2万人というのは本当にすごい。
これだけの人数が集まるのでは、当日に受付をしていたのでは間に合わない、というのがはっきりわかる。
自分のスタート地点は、2万人のほぼ最後尾でした。
マラソンでは事前に自己申告したタイムにもとづいて、スタート地点のゾーンが決められています。だからまわりは、自分と同じようなペースで走るヒトばかり。みんなのヒソヒソ話に耳を澄ませば、スタミナに自信がないヒト、初マラソンで緊張しているヒト。そんな人たちに囲まれて、不安なのはオレだけじゃないんだ、と心に言い聞かせます。
昨日とはうってかわって、快晴の神戸。遠くて近い六甲山は鮮やかに色づき、目の前の銀杏並木も美しい。神戸の紅葉前線が本気を出してキラキラと輝き始めました。
スタート前のビルの谷間に、岩手高田高校合唱部の人たちの澄んだ歌声が響きわたっていきます。
ところで、神戸マラソンが開催されたこの日は、大阪マラソン、富士山マラソン、つくばマラソンと大きなフルマラソンの大会が4つも開催されました。
全国でおよそ8万人が、いまこのとき、スタートの瞬間を待っていたのです。