ーOOO-ひとにやさしく … 神戸マラソン2012参加記(4/4)

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 フルマラソンの疲れがピークに達したころにやってきた、圧倒的な35kmの壁。
 その坂の前に、参加者はみな一瞬立ち止まります。
 しかし、ここで引き返す者はいません。
 各自、心の中で「よっしゃ!」と気合いを入れ直し。
 そして一歩、一歩。
 前へ、前へと進んでいったのです。


 ここは自動車専用道路だから、歩道がありません。
 沿道で途切れることのなかった応援の列が、ここで途切れます。
 しかし、この道路を見渡すビルや駐車場から、ランナーに向かって「がんばってー!」という声が聞こえるではありませんか!
 ちょ、どんだけデカい声で応援してるんスか!
 だけど、とにかく本当にキツいゾーンだったから、ここで応援の声が聞こえたのはとても力強かったです。


 
 坂を登ったと思ったら、な、なんともう一段、坂が残っていました。
 あまりにもあんまりな35kmの壁。
 だけど、もうこれくらいカラダがキツくなると、思わず笑ってしまいます。
「面白えじゃねぇか、いっちょやってやるか!」
 さっきの坂とは違い、ここでビビって立ち止まる人は誰もいません。
 ワタシたちは二段重ねになった橋の、上の段へと登ります。神戸マラソンのコース中で最も高い、高度25mまで駆け上がっていったのです。
 
 このあたりでコースは海の上にさしかかり、沿道にビルも見えなくなってしまいましたが、黄色いジャンパーを着たボランティアスタッフのみなさんが、黄色い声で
「がんばってくださーい!」
って、声をかけてくれる。
 いやもうホント、ボランティアのみんな、ありがとね!
 
 必死で登った35kmの壁。
 そのてっぺんには、思いがけない景色の広がりがあった。
 高い高い橋の上。
 右にも左にも、さえぎるモノがない。
 ここまでのコースにはなかった、圧倒的な開放感。
 右奥では、消防船が放水しているのが見えました。うわっっ、大サービスだな、大歓迎だな。


 写真には写っていないけれど、右側を向いたなら、はるか遠くに明石海峡大橋が見えました。
 スタート地点の三宮から、遠くにかすんで見える明石海峡大橋のたもとまで、自分の二本の足で、行って、戻ってきたじゃないか。
 そしてワタシは、いまここにいる。
 けっこう頑張ったじゃないか、オレ。
 そっと目をぬぐう。
 

 感情の揺れ幅が大きくなる。
 何を見ても、なんだか泣きそうになる。
 それは、疲れのせいもあるだろう。


 汗がしたたりおちて目の周りで乾いてきて、かゆい。
 指で目の周りをこすりたくなる。
 だけど、手のひらにもたっぷり汗をかいて、どんどん乾いているから、濃い塩がたまっている。
 うっかり指で目をこすれば、濃い塩が目の中に入ってきて、涙が出てくる。
 ぬぐえばぬぐうほど涙腺は塩で刺激されて、涙が止まらなくなる。
 
 やがてコースは橋を降りて、ポートアイランドに入っていく。
 苦しい坂も、登れば下る。圧倒的だった35kmの登り坂は、いまや下り坂となって、ランナーを速やかにゴールにみちびいてくれている。
 この先は平地が続く。さっきてっぺんから見下ろしたからわかる。
 もう、大丈夫だ。
 最後の関門を過ぎた。
 ここさえ過ぎれば、タイムアップになって交通制限が解除になっても、歩道を歩けば良いのだ。
 どれだけ時間がかかっても、自分の力でゴールにたどり着くんだ。

 もう、大丈夫だ。
 恐れていた35kmの壁を過ぎたあとは、恐怖心が消え去って、「もう大丈夫」という安心感がカラダを包んでいました。
 この地域は公園や大学が多くて、人口密度が低いせいか、応援する人は少なかったのですが。
 しかし、神戸学院大学では海に面した側にステージを組んで、学生さんのバンドが応援ソングを熱唱していました。

 ほら、マラソンの応援ソングって、定番があるじゃないですか?
 やっぱロッキーのテーマとか。それからホレ、爆風スランプのRunnerとか。ZARDの負けないでとか。
 ワタシがココを通るときに、そのバンドが歌っていたのは、この曲でした。
  
 そうか、この歌でマラソンを応援するのって、アリなんだ!?という驚きがありました。
 「ガンバレ!」のときに、この神戸の学生さんたちは、音楽的にシャウトするような格好いい「ガンバレ!」じゃなくて、ほんとに頑張って欲しいという気持が先に立った「がんばれーっ!」って応援の声を絞り出すので、胸にズーンと来ました。
 海に面したステージの前には、お客さんが誰ひとりいるわけじゃない。
 ランナーたちは、みんなすぐに走り去って行ってしまう。
 誰ひとり、立ち止まって耳を傾けてくれるわけじゃない。
 そんな状況の中で、あの学生さんたちは、ぼくたちランナーに「ガンバレ!」って叫び続けていたのかなぁ。
 そんなことを思い、ついつい目をぬぐってしまいました。
 ちいさく手を振ったけれど、きっとステージの上の彼らには届かなかったに違いない。
 だけど、マイクロホンの向こうからのでっかい声は、たしかにボクたちランナーに届いていましたよ。
 あのときは、ありがとう。


 40kmを6時間。
 制限時間はあと1時間。
 大丈夫。
 今度こそ、もう歩いても大丈夫。


 カラダはボロボロで、もう走りだせない。
 そのわりに、黙っていても足は勝手に前に進んでいき、脳みそは「もう大丈夫…」という安心感に浸っていたのでした。


 ゴール前の、最後の直線。
 もうひたすら長い長い。
 と、ゴールの手前で、帰ってきたランナーとハイタッチをしている女の人が見えました。


 あ、Qちゃん!? (写真に写ってないです) 
 帰ってきたランナーたちに「おかえりなさい」って声をかけながら、高橋尚子さんがハイタッチをしていたのです。
 マラソン中のQちゃんと違って、かわいらしくて女の子らしいQちゃんが、ものすごいニコニコしてたんスよ。
 Qちゃんは右に左にホイホイ動きながら、どんどん帰ってきたランナーと次々にハイタッチをしている!
 どんどん近づくオレ!
 ああ、なんか、なんか!
 あまりにもかわいくて恥ずかしかったので、寸前で身をかわしてしまいました。
 …いや、もったいなかったけどさぁ。
 でももう一回おんなじシチュエーションになったら、また避けちゃうだろうなぁ。




 ようやくたどり着いたゴールでは、ビール…じゃなくて、ふんわりと湯気を立てた味噌汁が待っていた。
 飲むと、ほんのりとした暖かさと塩辛さが優しくて、ホッとした。
 とうとう、へたへたと座り込んでしまいました。


 ようやくたどり着いたゴールでしたが、会場はちょっとずつ、撤収の準備が始まっていました。
 スタートの時はたくさんの人が集まって盛り上がりましたが、ゴールの時は、特に大きな式典は開かれません。
 2時間でゴールした人は帰宅の途についているし、7時間でゴールする人は今もまだ走っています。再びゴールに全員集まることはないのです。

 とにかくどうにか、無事にゴールにたどり着くことが出来ました。
 走ったのは、100パーセント自分の力だけれども。
 だけど、自分ひとりの力では、とても走りとおせなかったです。
 とにかく応援が暖かくて、頑張る人にやさしいなぁと感じました。ひとりひとりに直接お礼を言うことは出来ないけれど、あのときはみなさん、どうもありがとうございました。
 
 ちょっと話はそれるけど、Qちゃんがハイタッチしていたときにニコニコしていたのは、それがお仕事だから…じゃなくて、すごく頑張った人だから、その辛さが良くわかるので、頑張る人にやさしいのかなぁ、と思いました。
 神戸の人も、震災でつらいことがあったから、頑張る人に優しいのかな。ちょっとそんなことを思ったのですが。
 あとで調べて見つけた、こちらの神戸マラソンボランティア申込書の中に、ヒントがちょっと含まれていました。

 限界いっぱいのヒトに「がんばれ」って言うと「これ以上頑張れない!」ツラい、という例もありますけど。
 でも、見ず知らずのヒトに頑張ってって応援されると、ひっぱられて頑張れちゃうことってありますよね。
 で、あのときの「がんばって」に、お返しがしたくなる。
 震災の時にたくさんのヒトに応援された神戸のヒトたちは、自分が励まされて頑張れた気持ちを胸に「がんばってー」と声をかけてくれたんだと思う。
 たくさんのヒトに応援されて頑張ったことがあるQちゃんは、だからみんなに心を込めて「いってらっしゃい」「おかえりなさい」って言い続けたんだと思う。
 そして神戸マラソンで頑張れたワタシは、あのときはみんなありがとう、という気持ちを込めてこの記事を書きました、とさ。




 さてさて、その後のオハナシ。
 ワタシは地元に帰って、約束通り接骨院の先生に、完走メダルを見せました。
「うっわ、コレですか!? へー、ズッシリして、へぇー、うわー、いいなー、へぇぇぇー!」

  接骨院の先生は、逆にこちらがおどろいてしまうほど、完走メダルを喜んでくれました。
「オレもこういう完走のメダルを集めたいッスよ!」
 お、走りますか?
「いや、ね、話を聞いてると、ツラそうだけど楽しそうですよ! なんかオレも頑張ってみたいですよ!」
 そして接骨院の先生は、大サービスですよと言いながら、全身筋肉痛のオレの身体に、次々とブスリブスリと指を突き立てたのでした。イタタタタッ!
「次は、どこに行って走るんですか?」
 んー。とりあえず今はいいよ。おっきいことをやっちゃったから、なんだか気が抜けちゃってね。


 そう言いながら、次はどこを走ろうかと考えをめぐらせている。
 なにしろタイムが6時間20分。これくらい走るのが遅いと、がんばれば次回はもっとタイムがあがるんじゃないか? と思えるので、楽しい。
 それから神戸では、「完走メダルを見せるとドリンク一杯サービス!」みたいな居酒屋さんがけっこうたくさんあったんですよね。もっとも、走ったあとは筋肉痛がひどかったのと、その日の夜には深夜バスに乗って帰らなければならなかったので、チャンスは生かせなかったのですが。


 …また、神戸の街を、走ってみたいなぁ。


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